月経は「穢(けが)れ」として忌み嫌われた歴史があります

-2021年08月29日-

月経のとらえ方は、時代によって移り変わりがあります。

今回は、平安時代から明治時代のおはなし。

平安時代、中国から「血の穢れ」説が伝来。

「月経禁忌」の慣習が宮廷から仏教界、貴族へと広がりました。

江戸時代には庶民の暮らしにも浸透し、穢れは火を介して移ると考えられました。

生理中の女性は家族と炊事や食事を別にする「月経小屋」に隔離された歴史があります。

明治になり月経の「穢れ」扱いが取りやめになりました。

明治政府になると法令が発令

平安時代から続いた「月経禁忌」が公に廃されました。

しかし、世間の価値観は急には変わらないものです。

そんな中戦後に、日本の生理用品の革命を起こしたのは、アンネナプキンの産みの親、坂井泰子さん。当時27歳

月経について『アンネの日記』では「甘美な秘密」と肯定的に表現してたことから「アンネ」という社名になったそうです。

1961年アンネナプキンの発売依頼、瞬く間に使い捨てナプキンが普及。

アンネナプキンはそれまでの生理用品と比べ、格段に使いやすく快適だったので、女性たちの活動範囲を広げました。

また、宣伝活動によって、月経不浄視や自己卑下の気持ちを希薄化させることにも繋がり、女性たちの月経観をも大きく変えました。